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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(行ツ)102号 判決

東京都台東区千束一丁目一五番一号

上告人

沼田政和

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

東京都台東区蔵前二丁目八番一二号

被上告人

浅草税務署長

宮内郭年

右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第一号相続税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五六年二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤義行の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

(昭和五六年行ツ第一〇二号 上告人 沼田政和)

上告代理人佐藤義行の上告理由

第一(家屋の評価について)

一、本件における争点の一つである本件家屋の二階部分の価格について、原審(東京高裁―以下高裁という)が正当として認容する第一審判決(以下地裁という)並びに高裁がこれに補足した判示部分(両名を併せて原判決という)を次に掲記し、これについての上告理由を二において明らかにすることとしたい。

地裁判決は、

「相続税における相続財産の価額は、相続開始時における時価により評価すべきものである(相続税法二二条)ところ、右の時価は、基本通達の定めによって評価した価額によることが合理的である」(一三丁裏から一四丁表)ところ

(一) 本件の相続開始直前に本件家屋の二階を四六二萬一九〇〇円の費用を投じて改造する工事がなされたのであるから、特段の事情がない限りこれによって二階の資産価値が増加したと推認するのが相当(一四丁表)

(二) 二階は、その部分に相当する固定資産税評価額によって評価すべきである(基本通達八九)(一四丁

(三) 成立に争いのない乙第四号証によれば前記昭和四七年度分固定資産税評価額は二階の改造工事を考慮しないで算定されたものであることが認められるのであるから……右改造工事による資産価値の増加が評価されていないことになる。それゆえ、本件家屋の時価は、一階、三階、四階の評価額と二階の評価額に、さらに右改造工事による資産価値の増加額を加えた額によって評価すべきものであり(一五丁表)

(四) 右増加額については、通常の場合に家屋の価額を評価する基礎となる固定資産税評価額が存しないのであるから、実際に要した改造費用を基礎として評価するほかはなく(一五丁表から裏)

(五) その価額は、被告の主張するように固定資産税評価額が存しない建築中の家屋の評価方法(基本通達九一)に準じて、所要費用の一〇〇分の七〇に相当する金額と評価してもあながち不合理であるとはいえない。(一五丁裏)

(六) 右改造工事によって従来の事務所としての内装等が取り壊されたのであるから、右取壊しによる資産価値の減少分に相当する金額はこれを右……資産価値の増加額から控除すべきであるが、的確な資料のない本件においては、右資産価値の減少分は前記の昭和四七年度分固定資産税評価額による二階の価額の二分の一を超えないものとみるのが相当である。

(七)(A) 原告は、昭和四七年度と同四八年度の固定資産税評価額が同一であることから、改造工事による資産価値の増加額と減少額とは相等しいものとみるべきであると主張するが、昭和四八年度の固定資産税評価額も右改造工事の結果を考慮したものでないことは前掲乙第四号証により明らかであるとし、この点につき高裁は

(B) 本件家屋の昭和四八年度以降昭和五五年度の固定資産税評価額が昭和四七年度のそれと同一である(四丁裏)

(C) なるほど、固定資産の価格……を決定するには、固定資産評価員をして固定資産の状況を毎年少なくとも一回以上実地に調査させなければならないが……その評価が回帰的でかつその対象も大量で技術的にも複雑困難な面があることにかんがみれば、地方税法に右のごとき規定があるからといって、これをもって本件家屋について昭和四七年以降実地調査に基づく評価が行われたことの証左とすることは許されず(五丁表)

(D) かえって、……甲第八号証、乙第四、第五号証によれば……昭和五三年八月二五日東京国税局長の照会に接するまで、本件家屋につき、本件改造工事が行われた事実を知らなかつたことを認めるのに十分である。

二、よって考えるに、

1 原判決には右一の(七)において、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反とその重要な事項について、判断を遺脱した違法があり、その結果、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認を結果している。

即ち、基本通達により、固定資産評価額をもって、本件家屋の相続財産価額となし得るか否かという重要な争点について検討する。

(1) 右(七)の(B)で高裁も認める如く、昭和四八年度以降同五五年度までの固定資産税評価額は、昭和四七年度のそれと同一であり(甲第八号証)、東京国税局長が本件改造工事を知ったのが、右(D)の如く、昭和五三年八月二五日であったとしても、右改造工事を知った後である昭和五四年度及び同五五年度の固定資産評価額を決定するについては、右改造工事による資産価値の増加と右改造工事に伴う取壊による資産価値の減少という事実を考慮したうえで、固定資産評価額を決定したものとみるのが相当である。

都税事務所長は、地方税法四〇八条により毎年少くとも一回の実地調査がなされることになっており、且つ昭和五三年八月二五日には、東京国税局長の照会により改造工事の事実を知ったのであるから、特段の事情がない限り、その翌年であり、右事実を知ってより六ケ月余を経た同五四年三月の縦覧期間までには右改造工事に伴う資産価値の増加額を評価額に反影させないということは考えられずいわんや翌々年の同五五年度の評価額にまで右改造工事の結果が反影されていないということはあり得ない。

しかるに高裁は右の特段の事情を証する証拠もないのに、

イ 毎年一回の実地調査が行われていないのが当然であるかの如く、判示し、地方税法四〇八条に反する不作為が当然に行われていると判断したことは経験則に反する。

ロ 甲第八号証、乙第四、第五号証によると、都税事務所長は、昭和五三年八月二五日東京国税局長の照会に接するまで本件改造工事が行われた事実を知らなかったことを認めるに十分であるとしているが、甲第八号証では昭和五五年度まで、評価額に異動がないことが証せられているのであるから、昭和五三年八月二五日に右改造工事を知った後の昭和五四年度及び同五五年度の評価額に差異を生じなかった事実をもつてしてもなお、本件改造工事による資産価値の増加分があり、且つそれが評価額に反影していないことを認定し得る判断を示すべきであるのに、この点につき何らの判断も示していない。このことは判決に影響を及ぼすこと明らかな重要な事項について判断を遺脱したものといわねばならない。

ハ 原判決は、右の如き経験則違反並びに事実誤認の結果本件家屋の相続税価値は基本通達八九により固定資産評価額によるのが合理的であるのに、これによることが不合理であるとの誤った判断に達したものであり、破棄を免れない。

いうまでもなく、通達は裁判所や納税義務者に対し何らの法源性もないが、特に相続財産とりわけ不動産の評価の如く、技術的、専門的分野については、評価額そのものが評価の主體によって大きく異ってくる可能性が大であり、課税庁側におけ 画一的処理の要請と申告納税制度の下で素人が相続財産価額を評価し申告するのであるから、通達により、課税庁の評価方法を知ることにより、課税標準の算定についての予測可能性を与える重要な意義を有し、本件基本通達は租税法規に類似する行政規範としての性質を有し、むしろ行政先例法的作用を営んでいることを否定し得ない。

このような情況の下で通達が相続財産のうち、家屋については、固定資産評価額によるとしている以上、これにより得ないとして課税庁が別異の評価方法をとったことを適法と判示することは原則として許されない。

いわんや本件の如く、改造工事による資産の増加分が固定資産評価額に反映されていないとして、前記(五)、(六)の如き、証拠に基かない基準で恣意的に資産価値の増減を算出することには何らの合理性もない。このような合理性を担保する手段方法を欠いたまま、通達に存在しない方法をとること自體違法たるを免れないのに、被上告人のかかる評価方法を適法として認容したうえ、更に上告人が都税事務所長において本件改造工事を知ったのちである昭和五四年度以降の固定資産税評価額が本件改造工事の行われた昭和四七年度の評価額と同額であるということは右改造工事によって価値の増加した分と取壊しにより減少した分とがほぼ同額とみて評価額に影響しなかったものとみるのが相当であり、固定資産評価額によって申告した上告人の申告は適法であるとの趣旨の主張に対し、昭和五四年度及び同五五年度の固定資産評価額に右改造工事が反映されていないか否かについて判断を遺脱することは断じて容認し得ないところである。

第二(借地の評価について)

本件相続に係る借地には貸家が建ててあり、上告人は相続により借地権と貸家をも相続したものであるところ、本件借地の所有権を取得しその土地と貸家を借家人に譲渡した売買例によれば、借地権の評価が高額に過ぎたこと、また甲第五号証の一ないし四によって明らかなように本件借地(上記各号証のAB路線に面した土地)と昭和四七年同四八年には、路線価額が同額であったC路線地が昭和四九年には評価が高額となっているのにAB路線地は措置かれていることに鑑みれば、昭和四七年当時の本件借地の評価が時価に比して高額であったことを意味し、相続税法二二条に反する更正処分である旨主張したところ。

地裁は

(一) 被告の主張額は過大であると主張するが、原告の主張するところによっても二〇〇〇萬円以上の不動産について七〇萬円余の差異があるというに過ぎないのであるから、不動産の取引ないし評価の実情に照らせば、右の程度の差異があることをもつて被告の主張額が時価を超えているということはできない(一八丁裏)とし、甲第五号証の一ないし四について何らの判断も示さず

高裁は、右判示を提認したうえ、

控訴人主張に係る右借地権価額の基本とされた売買代金が通常の土地の取引において適正に形成される価額に照応するものであることを認めるに足る的確な証拠がない(六丁裏)から、控訴人の右主張は前提そのものにおいて失当である。

とした。

このことは、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反と事実誤認がある。

即ち、毎年相続財産の評価の基準となるべき路線価が公示されるに当り同一地域で同額の評価がなされていた一方の土地(C地)の評価が高くなったときは、他方の土地も特段の事情が発生しない限り同額になる筈であるのに.AB地域(本件借地)は従前の価額と同額であるということは従前のA、B地が不当に高額に評価されていたと推認するのが経験則に合致しよう。

また、本件借地の底地所有権を上告人において取得のうえ借家人で且つ上告人と親族その他の特段の関係のない(主として第三国人)多数の借家人に譲渡したのであるから「売買代金が通常の土地の取引において適正に形成される価額」によって譲渡したものと判断するのが相当であるのに原審は、その証拠がないと、経験則に反する判断を示している。

もし借家人以外の者に譲渡するとせば、買受人は皆無であるか、より低額な価額となるであろう。

してみると借家人にその建物と共にその敷地を譲渡した場合にこそ、「適正な価額」が形成されるものというべきである。

よって、原判決は、本件売買価額を経験則に反して「適正な価額」の実現と認定しなかったことにより時価の事実認定を誤った違法があり破棄を免れない。

以上

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